デンマーク人にとって大切なライフスタイルを表した言葉、「ヒュッゲ(Hygge)」。実際にデンマークに留学してヒュッゲを体感したミナガワさんに、その魅力について伺いました。
―「ヒュッゲ」を一言で表現するのは難しいと思いますが、簡単に言うとどういったものなのでしょうか。
ミナガワさん:
そもそも「ヒュッゲ」は、デンマークの暗い冬を乗り越えるための手段として生まれたものです。基本的にデンマーク人は「ヒュッゲは冬のもの」って考えていて、外が寒くて暗くなったときに、暖かく心地よく過ごすための方法が「ヒュッゲ」というイメージですね。
「ヒュッゲの本」というものがありますが、その序章に筆者の方の体験が書かれています。山小屋でコーヒーを飲みながら友達と話していて、「今この環境をもっとヒュッゲにするとしたら、どうする?」って聞いたら、「外が吹雪いていたら、もっとヒュッゲだったと思う」って答えたそうです。その落差こそが幸せにつながるというか、守られている感覚に近いと考えると、イメージしやすいでしょうか。
―「ヒュッゲ」は暖かさがキーワードになっているのですね。
ミナガワさん:
はい。白色電球や蛍光灯よりも、オレンジの電球やキャンドルの方が重宝されます。「ヒュッゲ」の時間につけるライトと、日常生活のときにつけるライトを使い分けている人も多いですよ。
―一般的に、「ヒュッゲ」で使うアイテムとしてはどんなものがありますか。
ミナガワさん:
キャンドルやオレンジの照明の他には、コーヒーやお菓子が定番ですね。お菓子はスーパーで買えるクッキーやチョコ、ポテトチップスなど何でもOKです。「ヒュッゲ」をするときはみんなで支度をするのですが、照明を変えてお菓子やコーヒーを出し、テレビで見る映画を選んで、『よし、スタート!』みたいな感じです。だいたいはコーヒーと他愛のない会話が定番ですね。もし目の前にコーヒーがあって、ゆっくりおしゃべりしている空間があったら、それはもう立派なヒュッゲです。
―ミナガワさんはデンマークに留学する前から「ヒュッゲ」を知っていましたか?
ミナガワさん:
いえ、高校生のときにデンマークに行った頃は全然知らなくて、単に知り合いがいるから行っただけでした。その時にポジティブな意味でショックを受けて日本に帰ってきて、「デンマーク大好きだな」と思い、そこから調べるうちに「ヒュッゲ」という概念を知りました。
―大学生になってデンマークに留学するときは「ヒュッゲ」を知った状態で現地に行ったわけですね。
ミナガワさん:
はい。でも「ヒュッゲ」に関する本を読み込んだわけでもなかったので、デンマーク人の生活に根指した部分は現地に行ってから知ったことが多かったです。「デンマーク人ってなんでこんなに幸せそうに日々を過ごしてるんだろう」っていう疑問があって、その理由を知りたいと思って1年間過ごしました。
―デンマーク人と一緒に過ごしてみて、その疑問は解けましたか。
ミナガワさん:
デンマークの人って、自分がどう過ごすかことで幸せになれるかっていう部分をそれぞれが持っている気がします。留学中のことを思い返してみると、デンマーク人の口から「ヒュッゲ」という言葉はあまり聞かなかったですね。「うちにお茶しにおいでよ」っていう意味で、誘い文句の定型文として「うちにヒュッゲしに来ない?」っていう言い方はあるんですが、それも慣用表現的な感じです。
もちろんその言葉には「ヒュッゲの時間をあなたと一緒に過ごしたい」という意図はあるんですが、いつでも当たり前にあるものなので、わざわざ口にする必要もないのかもしれません。
―デンマーク人にとっての「ヒュッゲ」は、言葉よりも感覚の方が強いイメージでしょうか。
ミナガワさん:
そうですね。日本の「もったいない」がそのままローマ字になって世界中で認識されているように、「ヒュッゲ」に相当する言葉が日本語にはありません。「外が吹雪いていればよりヒュッゲになる」という話を紹介しましたが、忙しい毎日の中の楽しみやメリハリのような、たまにゆったりと過ごす「ヒュッゲ」にすごく価値を置いていると感じました。
―ここまでのお話を聞くと、「ヒュッゲ」はかなり概念的なものなのかなと感じます。
ミナガワさん:
本当にそう思います。すごく概念的で、個人がどう過ごせば幸せを感じられるかっていう価値観なので、正解がないんです。例えばクリスマスだったら、赤ワインとキャンドルを用意したらみんなにとって「ヒュッゲ」になるか、というとそうではありません。
そこに一緒に座っている人や場に対する安心感が確保されていて、暖かい光とおいしい食べ物があって、そこにカロリーを気にする思考はいらない。そういう気持ちや思考も合わさってこその「ヒュッゲ」なんです。
―日本で私たちが「ヒュッゲ」を楽しもうと思ったら、日頃からできることって何でしょうか。
ミナガワさん:
まずは、自分で自分を幸せにする方法を知ることが大事だと思います。例えば本を読む時に何もない無音の空間読みたいのか、カフェで読みたいのか、家で音楽をかけて読みたいのかっていうだけでも、本を読む行為に対する自分の幸せ度を高めていけると思うんです。
「ヒュッゲ」ってきっとそれほど特別なことではなくて、多分日本人もやってる方はたくさんいます。もしも、それらの行為に「ヒュッゲ」という名前がつくことで幸せ度が高まるのなら、私はこの言葉を意識する意味があるんじゃないかと思っています。
―今まで意識していなかったことも、概念や言葉を知ることで、自分をもっと深く理解できるようになりそうです。
ミナガワさん:
そうですね。自分の心に向き合って、何をしてる時に私の心は喜ぶんだろうっていうことを知っていくのが重要です。一人でコーヒーを飲む時間が必要な人もいれば、コーヒーを飲むときには絶対人と喋っていたい人もいます。その違いを認識して、自分が幸せになれる方を選択することが、日本でできる「ヒュッゲ」的な考え方かなって思いますね。
―確かに、それならいつでも実践できますね。
ミナガワさん:
デンマークで生活した経験があったから、私もこういう考え方をもらった気がしています。「ヒュッゲ」を知ったことで、小さな違いをキャッチして幸せを感じることの大切さを知れたのは、本当に貴重な経験でした。
―ミナガワさんは日本でも「ヒュッゲ」が体験できるイベントを開催されているそうですね。
ミナガワさん:
はい。「ヒュッゲナイト」というイベントで、知り合いの方のお店を借りて、ご飯と飲み物とデザートをお出しして、お喋りするだけの会です。できるだけ無駄なことはこちらからしないように意識して、落ち着いた空間づくりに気を遣っています。
というのは、その場への安心感があるっていうのが「ヒュッゲ」の大事な要素だと思っているからです。イベントで初めて知り合う方々もたくさんいらっしゃるので、最初はしっかり話をしてもらって、打ち解けてきたらだんだん照明を落としてキャンドルを出すようにしています。
―このイベントを始めたきっかけは何ですか。
ミナガワさん:
「ヒュッゲ」がデンマーク人にしかできないのはもったいない、とずっと感じていたことがきっかけです。日本人がデンマークに行かずに「ヒュッゲ」を体験できる場を作って、生活の中の幸せを味わうことへのヒントになればいいなって思いました。
イベントでお借りしているお店のオーナーさんと話していたときに、こんなイベントをやりたいんだと言ったら、うちでやったらいいよって言ってくださって。もともとそういうリラックスできる時間を誰かとシェアしたいと思っていたので、ないのなら自分で作っちゃえって感じで始めました。
―参加者は「ヒュッゲ」を知っている方たちが多いのでしょうか。
ミナガワさん:
いえ、イベントをきっかけに知ったという方たちばかりです。年齢層や職業もバラバラで、色々な方が参加してくれます。そういう方たちが出会っておしゃべりして、くつろいでいく姿を見るのが本当に嬉しくて。やっぱり「ヒュッゲ」をすると人って変わるんだなと思いますね。
イベントに何回も来てくださってる方が作る空気もすごくありがたいです。イメージ的には、ホームパーティーみたいな感じが近いかもしれません。誰かのお家に遊びに行って、来た人の中には知らない人もいるけど、そこで一緒になっておしゃべりするような感じです。
―「ヒュッゲ」を通して知り合うのは、とても素敵な出会いですね。
ミナガワさん:
くだらない話もできる場所がいいなっていつも思っています。ヒュッゲの本に書いてあって印象に残っているのが、「政治の話は一旦脇に置いておきましょう」ということです。デンマーク人はそういうディスカッションもすごく好きなのですが、「ヒュッゲ」の場でそれをやるのは違うっていう感覚があるそうです。
だからヒュッゲの間は、例えば「この間行ったあのお店が美味しかったよ」とか「今度ここ行こうと思ってるんだけど、行った人いますか」とか、そんな話題が多いですね。初めましての人は、どういうお仕事してるんですかみたいな自己紹介から入ることもあります。この間なんて参加者の間で突然しりとりが始まって、結構白熱したんですよ。大人の本気のしりとりができるホームパーティーって最高だなと思いました。
―イベントを開催するようになって、ミナガワさん自身の価値観に変化はありましたか。
ミナガワさん:
一番大きな変化としては、私はやっぱりイベントを作るのが好きなんだって実感したことです。それから、私は「ヒュッゲ」を誰かとシェアしたいんだってますます自覚しました。
もちろん、一人で落ち着いた時間を過ごすことも自分の中の大事な「ヒュッゲ」としてあります。でもやっぱり誰かと一緒にお茶したり、ご飯を食べながら話したりする時間の方が好きだなって思います。
―参加者の皆さんからは、どんな声が聞かれましたか。
ミナガワさん:
イベントをきっかけにデンマークに興味を持って、色々調べてくださった方がいらっしゃいましたね。あとは「ヒュッゲ」の雰囲気がすごくリラックスできて落ち着いたという言葉もよくいただいています。
中でも一番嬉しかった言葉は、「休む時間を楽しむことへの罪悪感が薄れた」という声です。私が以前から仲良くしている方で、休日に休んでリラックスした時間を持つことに罪悪感があった方がいらっしゃったんですね。でも「ヒュッゲ」を体感してみて、そんな風に思うことはないんだって気づいたそうです。
―それはとても嬉しい感想ですね。それぞれが思い思いに過ごせるのが「ヒュッゲ」の良さなのかなと感じます。
ミナガワさん:
そうですね。基本的にみんなで何かをやろうという集まりじゃないので、ぼーっとキャンドルを見る時間も許されるし、人とわいわい話す時間も許されています。同じ空間にいるけど、個人が違う方向を向いている。それなのに心地いいっていうのが、新たな発見になったって言ってくださる方もいました。おしゃべりしたい人はすればいいし、のんびりしたい人はそうすればいい、みんなが同じじゃなくてもいいっていうことは、私もイベントのたびに言い続けています。
あとは、「ヒュッゲ」の時間が必要な人とそうじゃない人っていると思うんです。みんながそういう時間を持てば絶対幸せになれるとは考えていないので、本当に必要な人に届けばいいなって思いながら活動しています。
―なるほど、全員に押し付けるものではないという考え方なんですね。
ミナガワさん:
そうですね。そういう多様性を受け入れられるようになったのも、デンマークでの経験がすごく大きいですね。
それぞれがゆっくり時間を過ごすことって、「ヒュッゲ」という名前がついた方が、有意義な時間を過ごしている感じがしますよね。そうやって名前をつけてみんなで楽しんで、幸せだねってシェアし合える人が増えたら嬉しいなって思います。
―ミナガワさんにとっての『のどか』とは何でしょうか。
ミナガワさん:
私はデンマークに行ってから、外に出ている時間がすごく好きだと感じました。だから、テイクアウトしたご飯を外で食べるとか、コーヒーや紅茶を外で飲む時間が、私にとっては心が『のどか』になる時間ですね。最近は代々木公園でそういうことをするのにはまっていますが、これからも自分の好きな時間の過ごし方を追求して、デンマーク人のように幸せに暮らせたらいいなって思います。